ヨーロッパ(1998)

パリ到着

Rico

イタリアからの電車が1時間遅れる。
そんなんばっか…。
9時40分着が10時40分に。

ユースのチェックアウトがふつう10時だからそれまでに行って、宿を確保するつもりだったのに、、、。
駅から電話をすると空きがまだあるというが、予約は受け付けないというので、急いで直行。
が、道に迷う。
でもおじさんが向こうから話しかけてくれて助けてくれた。
感謝!
が、その努力も空しく、既にいっぱい。

でも紹介してもらい、とりあえず他の所(Hotel Bastille/ 24m rye de ka Ricqyette 75011 PARIS)へ泊まれる事になった。(240フラン/2泊で6000円。)
ココは普通のホテルだが、部屋をユースのようにシェアさせて4人も泊まらせている。
普通のツインの部屋に無理矢理簡易ベットを置いたって感じの部屋で、鍵もひとつしかない。
一瞬とまどったがそれもまたよし。ベッドは早いもの勝ち
地下鉄のすぐ側だから便利♪シャワーを浴びて、早速パリへ観光へ。

10000円をフランに換金。406フラン。1フラン=25円。

まずメトロ(Metro/地下鉄)。1枚8フラン。どこへ行ってもこの値段。
これが、10枚つづりのカルネ(Carnet)というのを買うと52フラン。 1枚あたりぐ~んとお得。びんぼ~人にぴったり。
こんなものまで、カードで買ってしまった。
全部自動販売機ですます。カードまで使えちゃうからすごい。
何カ国か語で説明してある。
ワールドカップ対策だろうか。
フランスのメトロは13線。色分けしてあってわかりやすい。
ちょうど山手線の中くらいみたいな感じ。

まず、凱旋門(Arc de Triomphe)で降り、そこからシャンゼリゼ通り(Avenue des Champs-Elysees)を歩く。
「お~シャンゼリ~ゼ~♪」と口ずさみながらお散歩。
しかも1番はハモリの下のパート、2番は上。
う~ん、でも1人でハモリのパートを歌ってもつまんない。やっぱり今度は誰かと一緒がいいかしら。
それにしても、ここで何人の人がシャンゼリゼを口ずさんだだろう。

コンコルド広場(Place De la Concorde)までたどり着く。
ここはフランス革命時に処刑広場だったところ。ギロチン、ギロチン。
エジプトから贈られたというオベリスク。

あまりにも暑いのでアイスクリームを食べながらルンルン♪と歩いていると、オヤジに話しかけられる。
紳士というより「オヤジ」的な感じがした。
ドイツでフランス語を教えているフランス人だと言う。英語も上手。
たまにツバが飛ぶのが気になるが、、。なぜか、ずっとずっとついてきて、結局ツアーガイドしてくれた。
ありがたいけど、いつまでついてくるつもりだろう。

パリさすがに芸術の街だな、と感心させられる。
街全体もきれいだし、この街灯。ただの街頭に力いれる所が憎い。
それからこの噴水。ポンピドゥセンター(Centre National d’Art et de Culture G.Pompidou)の前にある噴水。
ポンピドゥセンターもとっても現代的なパイプの建物。
噴水はこの他、ト音記号・口びる・などなどとってもかわいいの。
キッチュという言葉を敢えてつかいたくなる。
ぞうの噴水お気に入り。

ひととおり、パリの観光をし終えたし、夕方になったので、
「疲れたから帰る。どうもありがとう。」と言うと、
「疲れたなら、カフェで休もう」と帰してくれない。
このままじゃぁ帰れない。強引にいろんないい訳をして帰るというと、 ちょっとムッとした様子。
「せっかくこの後、食事に行こうと思ってたのに。」だって。
お!おごってくれるのか~?とちょっと惹かれたけど、気が進まないのでやっぱり帰ることにする。
でも結局じゃあ「明日の夜、食事をしよう。6時にココで」ということに、、、。
笑顔で別れたものの、、、。別に私は食事くらいいいんだけどさ、でも何かあったらこわいからね。 いつも海外ではどこまで人を信用していいんだか迷う。
しかし、私の天性の感がノーと言っていた。

街はワールドカップで盛り上がっていた。今日は3位決定戦。明日はいよいよ決勝戦だ。

ABOUT ME
Rico
Rico
旅するWebディレクター
福岡県在住の旅するWebディレクター
主婦業・子育てもしながら、仕事もしながら、旅も暮らしの一部のようにしたい。
人生一度切り。いつか行こうの「いつか」は永遠に来ないかもしれないから。
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